業務上疾病の認定 (労基法75条2項、労基則35条)
平成23年度【問6】で厚生労働省労働基準局長通知(「C 型肝炎、エイズ及び MRSA 感染症に係る労災保険における取扱いについて」平成年10月29日付け基発第619号) における労災保険で業務上疾病として取り扱われるかの正誤判定問題が出題されています。労働基準法施行規則別表第1の2に掲げる疾病に該当するか否かを覚える必要があります。また、働き方改革や過労死の認定、心理的負荷による精神障害の認定(セクハラ等)など昨今の話題も多い分野でもあり、大変重要となるセクションです。
Ⅰ 業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
Ⅱ Ⅰの規定による業務上の疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2に掲げる疾病とする。
業務上疾病の範囲
疾病については、業務との間に相当因果関係が認められる場合(業務上疾病)に労災保険の保険給付の対象となる。
業務上疾病には、災害性疾病(突発的な事故による負傷や有害作業によって疾病にかかるもの)と職業性疾病(長期間にわたり業務に伴う有害作用を受けることによって疾病にかかるもの)とがあるが、いずれもその発生上の特色から業務起因性のみを認定基準とする場合が多く、しかも業務起因性を立証するのは困難な場合が多いのが実情です。
そこで、医学的に因果関係が明確になっている特定の疾病については、厚生労働省令(労働基準法施行規則別表第1の2)及びそれに基づく告示(平成8年労働省告示第33号等)に列挙し、これらについては、一定要件を満たし、かつ、特段の反証のない限り、業務上認定する(因果関係を立証しなくても業務起因性を推定する)ことになっています。
号 | 業務上疾病 | 例示疾病 |
第1号 | 業務上の負傷に起因する疾病 | |
第2号 | 物理的因子による疾病 | 騒音性難聴、前眼部疾患 |
第3号 | 身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する疾病 | 振動障害、腱鞘炎 |
第4号 | 化学物質等による疾病 | 酸素欠乏症 |
第5号 | 粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症とじん肺合併症 | じん肺症 |
第6号 | 細菌、ウイルス等の病原体による疾病 | 患者の診療若しくは看護 の業務、介護の業務又は 研究その他の目的で病原 体を取り扱う業務による 伝染性疾患 |
第7号 | がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による疾病(いわゆる「職業がん」) | 石綿にさらされる業務に よる肺がん又は中皮腫、 電離放射線にさらされる 業務による白血病、甲状 腺がん |
第8号 | 長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による疾病又はこれに付随する疾病 | くも膜下出血、脳梗塞、 心筋梗塞等(過重負荷に よる脳・心臓疾患) |
第9号 | 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病 | 心理的負荷による精神障 害 |
第10号 | 前各号に掲げるもののほか、厚生労働大臣の指定する疾病 | 気管支肺疾患 |
第11号 | その他業務に起因することの明らかな疾病 | 疾病について、告示等で 具体的に列挙はされてい ない |
【POINT】
再発の取扱い
業務上の疾病の再発については、原因である業務上の疾病の連続であって、独立した別個の疾病ではないから、業務上の疾病として引き続き保険給付が行われるべきである。(昭和23.1.9基災発13号)
過重負荷による脳・心臓疾患の認定基準
労働基準法施行規則別表第1の2第8号の「過重負荷による脳・心臓疾患」に該当する疾病であるか否かの判断は、過労死等の原因となっている脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)についての認定基準をまとめた「脳・心臓疾患の認定基準」によることとされており、同基準においては、脳・心臓疾患の業務上外の判断は、次の3つの認定要件を基準として行うこととされている。
(1)異常な出来事
発症直前から前日までの間に、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したかどうか。
(2)短期間の過重業務
発症に近接した時期(発症前おおむね1週間)において、特に過重な業務に就労したかどうか。
「短期間の過重業務」の判断は、次の労働時間に係る負荷要因と労働時間以外の負荷要因(不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務・深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴う業務)を検討して行われる。
- 発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められるか。
- 発症前おおむね1週間以内に継続した長時間労働が認められるか。
- 休日が確保されていたか。等
(3)長期間の過重業務
発症前の長期間(発症前おおむね6箇月間)にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したかどうか。
「長期間の過重業務」の判断は、次の労働時間に係る負荷要因と前記「短期間の過重業務」で記載した労働時間以外の負荷要因を検討して行われる。
労働時間の目安(時間外労働時間数※) | 業務と発症との関連性 |
発症前1~6箇月平均で月45時間以内 | 弱い |
発症前1~6箇月平均で月45時間超 | 月45時間を超えて時間外労働が 長くなるほど関連性が強まる |
発症前1箇月に月100時間超 または 発症前2~6箇月平均で月80時間超 | 強い |
※ 時間外労働時間数とは「1週間当たり40時間を超えて労働した時間数」である。 (平成13.12.12基発1063号、平成22.5.7基発0507第3号)
心理的負荷による精神障害の認定基準
労働基準法施行規則別表第1の2第9号の「心理的負荷による精神障害」に該当する疾病であるか否かの判断は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」によるものとされています。
厚生労働省では、これまで平成11年に定めた「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」に基づいて労災認定を行ってきましたが、より迅速な判断ができ、かつ、分かりやすい基準となるよう、平成23年12月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」という。)を新たに定め、これに基づいて労災認定を行っています。
(1)認定要件
次の①②及び③のいずれの要件も満たす対象疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
- 対象疾病を発病していること。
- 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
- 業務以外の心理的負荷及び個体側要因(精神障害の既往歴等)により対象疾病を発病したとは認められないこと。
また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対象疾病と一体のものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
(2)認定要件に関する基本的な考え方
対象疾病の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠している。
このため、心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断があることに加え、当該対象疾病の発病の前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められることを掲げている。
この場合の強い心理的負荷とは、精神障害を発病した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者※が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものである。さらに、これらの要件が認められた場合であっても、明らかに業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定されるため、認定要件を上記⑴のとおり定めた。
※ 「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。
(3)認定要件の具体的判断
⑴の認定要件のうち、②の「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」とは、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいいます。
このため、業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、精神障害発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて、別表1「業務による心理的負荷評価表」を指標として「強」「中」「弱」の3段階に区分する(本認定基準においては、出来事と出来事後の状況を一連のものとして総合評価を行う)。
(業務による心理的負荷評価表・一部抜粋)
特別な出来事の類型 | 心理的負荷の総合評価を「強」とするもの |
心理的負荷が極度のもの | ・生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした(業務上の傷病により6か月を超えて療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む) ・業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く) ・強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた ・その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの |
極度の長時間労働 | ・発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く) |
出来事の評価の留意事項
業務による心理的負荷の評価に当たっては、次の点に留意する必要があります。
- 業務上の傷病により6か月を超えて療養中の者が、その傷病によって生じた強い苦痛や社会復帰が困難な状況を原因として対象疾病を発病したと判断される場合には、当該苦痛等の原因となった傷病が生じた時期は発病の6か月よりも前であったとしても、発病前おおむね6か月の間に生じた苦痛等が、ときに強い心理的負荷となることにかんがみ、特に当該苦痛等を出来事(「(重度の)病気やケガをした」)とみなす。
- いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とする。
- 生死にかかわる業務上のケガをした、強姦に遭った等の特に強い心理的負荷となる出来事を体験した者は、その直後に無感覚等の心的まひや解離等の心理的反応が生じる場合があり、このため、医療機関への受診時期が当該出来事から6か月よりも後になることもある。その場合には、当該解離性の反応が生じた時期が発病時期となるため、当該発病時期の前おおむね6か月の間の出来事を評価する。
- 本人が主張する出来事の発生時期は発病の6か月より前である場合であっても、発病前おおむね6か月の間における出来事の有無等についても調査し、例えば当該期間における業務内容の変化や新たな業務指示等が認められるときは、これを出来事として発病前おおむね6か月の間の心理的負荷を評価する。
自殺について
業務により国際疾病分類第10回修正版第Ⅴ章「精神および行動の障害」のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定し、業務起因性を認める。
セクシュアルハラスメント事案の留意事項
セクシュアルハラスメントが原因で対象疾病を発病したとして労災請求がなされた事案の心理的負荷の評価に際しては、特に次の事項に留意する必要があります。
- セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならない。
- 被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならない。
- 被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならない。
- 行為者が上司であり被害者が部下である場合、行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等、行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得る。
(平成23.12.26基発1226第1号 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」)


