公的年金の目的と歴史(年金制度の生い立ち)

 今回は、公的年金の目的と歴史について解説します。特に公的年金の歴史に関しては今後、学習する老齢年金など、なぜそのようなしくみになっているかなど歴史を知ることによって理解が深まります。昭和36年の国民皆年金、昭和61年は年金史上の大改正があり、国民全員が国民年金へ強制加入となったと年でもあります。今回暗記するまでもないですが、今後学習する上で、もう一度この歴史を振り返ってみることも重要です。この2つの年は紐解くカギとなります。

公的年金の目的

皆様ご存知のとおり、公的年金は年を取った時にもらえる老齢年金が有名ですが、実は障害になった時や不幸にして死亡したときにも国が年金を支給し、その人およびその家族の生活を守ることにも支給されます。

 公的年金は、国民年金、厚生年金保険、各共済組合(平成27年度厚生年金保険に統合)の三つのグループに分かれていますが、国民年金はだれでも加入している年金です。国民年金はすべての人を加入対象として、全国民共通の基礎年金を支給し、厚生年金保険や各共済組合は、サラリーマンや公務員を対象として、基礎年金に上乗せする形で給与に比例した年金を支給するものです。

 サラリーマンは、厚生年金保険だけに加入していると思っている方が多いようですが、実は国民年金にも自動的に加入しているのです。したがって年を取った時にもらえる年金は国民年金、厚生年金保険の両方からもらえるのです。

 また、公的年金の特徴として、若年人口の減少や長寿化に応じて給付水準を調整する「マクロ経済スライド制」が導入され、ほかの企業年金や個人年金にはないしくみがとられています。

公的年金の歴史

日本で最初の年金制度は、明治時代の軍人を対象とした恩給法が始まりです。その後、大正になってから公務員対象の恩給法ができました。

 一般のサラリーマンなどの労働者は、昭和14年の船員保険法の制定により、船員を対
象とした年金制度が設立され、その後、昭和17年にブルーカラー(作業着を着て工場などで働く人)を対象の労働者年金保険法が施行されました。次に昭和19年にホワイトカラー(スーツにネクタイ、ワイシャツを着て事務所などで働く人)や女性も対象とした厚生年金保険法に改定されました。

 全国民を対象とした年金は、昭和36年の国民年金法が施行されてからで、ここで国民皆年金となったのです。また、20歳以上60歳未満の人が強制加入となったのは、昭和61年からのことです。ですから皆様は国民年金の強制加入者なのです。
(一部例外あり)

 その時から全国民共通の基礎年金をベースとしてサラリーマンや公務員などは厚生年金や共済年金から給与に比例した年金を上乗せする、いわゆる2階建て構造になったのです。

昭和61年3月までの制度を旧法、昭和61年4月以降の制度を新法といいます

年金では、5年に1度、財政再計算が行われてきました。年金制度が時代に取り残されて行かないように、制度の大幅な見直しを行ってきたのです。当然、法律改正が伴います。

<年金の年表>

昭和14年 船員保険法制定
昭和17年 労働者年金保険法
昭和19年 厚生年金保険法に名称改定
 この間、戦時中(第二次世界大戦後)
昭和29年 厚生年金保険法改正
昭和34年 国民年金法制定 無拠出の福祉年金
昭和36年 国民皆年金(国民年金法施行)
昭和48年 標準報酬月額の再評価・物価スライド制導入
昭和61年 年金制度大改正 2階建ての年金制度・専業主婦も強制加入
平成 3年 20歳以上の学生を強制加入 ただし納付特例制度の導入あり
 以降、改悪(少子高齢化)がすすむ
平成12年 老齢厚生年金の(報酬比例部分)の5%削減
平成13年 厚生年金「定額部分」の段階的廃止がスタート 
平成14年 65歳以上70歳未満の在職者の在職老齢年金制度の導入
平成15年 総報酬制の導入 賞与も対象
平成16年 給付と保険料の改定、マクロ経済スライド制の導入
平成19年 老齢厚生年金の繰り下げ支給、離婚時の厚生年金分割制度の導入
平成20年 離婚時に専業主婦の夫の厚生年金を「自動的」に分割する制度の導入
平成21年 国民年金の国庫負担を2分の1に引き上げ
平成22年 社会保険庁が廃止され、日本年金機構は発足(保険料の不正使用や消えた
      年金記録問題など相次ぐ不祥事が発生を端を発した)
平成25年 厚生年金も「報酬比例部分」の段階的廃止がスタート。定額部分に次いで
平成27年 厚生年金と共済年金が厚生年金に統一

それでは、また次回をお楽しみに!!

 

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